はじめまして!岐阜のローカルメディア「さかだちブックス」の杉田映理子です。
先日、富士吉田を訪れた際に、メインストリート「本町通」のすぐ隣におもしろいエリアがあるという話を聞き、案内していただくことに。
富士吉田というと桜と五重塔と富士山の風景や、商店街から仰ぎ見る富士山の景色が、観光地として人気ですが、同じ地域に知る人ぞ知る飲屋街「西裏」があります。
入り組んだ路地にスナックやバー、居酒屋などが軒を連ねる西裏。夜の賑わいに備えるかのように日中の人影は少なく、そのせいか野良猫たちが安心して気ままに昼寝する姿が見受けられ「野良猫のまち」と言われるほど。
そんな眠たそうな昼間の西裏も、カメラを片手に改めて散歩をしてみると、暗くなってからでは見過ごしてしまう、新しい表情を見せてくれます。
今回は「西裏昼散歩のすすめ」と題し、味わい深い西裏の“昼の顔”を切り取りました。
西裏昼散歩のすすめ1 たてもの
私が暮らしている岐阜のまちには「柳ケ瀬」という、かつては日本屈指の歓楽街として栄えた商店街があり、はじめて訪れたとき、西裏のそのディープな印象が柳ケ瀬と重なりました。夜のまちとしての印象が強い西裏ですが、明るい時間帯に繰り出してみればノスタルジックで個性的な建物がたくさん残されていることに気づきます。
3軒のスナックらしきドアが連なるこの建物には、よく見ると「喜久住荘」の表札が。夜だったら流石に入るのを躊躇してしまいそうな、建物脇の細い階段を上がってみることに。
喜久住荘という名前から想像できるように、2階には廊下を挟んで数部屋の扉が並んでいました。木製の窓枠、コンクリートの廊下、ひんやりとした空気。ここは、かつて有名料亭「喜久住」があった場所で、その跡地に建てられたのがこのアパートです。当時は移住者の家族や洋服屋さん、スナックを営む人などさまざまな人たちが暮らしており、不思議とみな成功を収めてアパートを巣立っていったのだとか。現在はもう使われていないかと思いきや、部屋の一つから子どもたちの声が聞こえてきました。
そう、ここは絵画教室や地域の劇団の拠点として、今もひっそりと活用されているのです。一見すると眠っているように見える建物にも、こうして新たな役割が与えられているのですね。
西裏の建物探訪は、建物内に入らなくても足を止めたくなる発見がたくさんあります。例えば「トタン」の建築。富士吉田はもともと板金屋さんが多く「トタンのまち」と言われるほどトタンに覆われた建築が多いのだそう。高台から見下ろすと赤いトタンの屋根が目立ち、瓦屋根は少ないようです。一説によると、寒い地域で瓦だと割れてしまうのでトタンが重宝されたそうで、写真のように、茅葺き屋根をトタンで覆った一風変わった屋根も。
工場や倉庫、民家などさまざまなトタン建築があり、その色合いもさまざま。風雨にさらされて錆びたり、色が落ちたりしている様がかえっていい渋さを醸し出しています。
西裏ではこのような編み込みのような技巧が凝らされているものも見つけました。トタンが意匠として使われているのは初めて見ました。板金屋さんの技術の高さの表れとも言えるかもしれませんね。
建物に目を向けて散歩をしていると、トタンの他にも着目したくなるポイントがたくさんあります。連なるアーチ型が印象的なアパート。アーチ型の入り口や窓は、流行の時代があったのか、他にもまちのところどころで見ることができます。
建物にノッポな帽子を被せたかのような日除けテントが印象的なファサードの建築。西裏には昭和の時代につくられた日除けテントが特に多く見られ、ファサードに着目するだけでもまちの見え方が変わってきますよ。
西裏昼散歩のすすめ2 フォント
西裏では建物と同じく、個性的で気になる「文字」がたくさん目に飛び込んできます。今の時代にデザインしようとしても生み出すことができないような絶妙なバランスのフォントの数々。地図では決して探すことのできない、まちに転がるフォントデザインを探してみましょう。
アーチに沿うようにリズミカルに配置された「アポロ」。「ア」と「ポ」の王様の髭のようなカールがキュートです。
手書きの味わいがにじみ出ている「民謡酒場 浮草」の看板。どうやらお店は閉業されていて、看板だけが残されている状態です。
折り紙を切り貼りしたようなバランスの「イズミ」がどこかあどけなく、目に止まった「理容イズミ」の看板。小さなサインポールも良いトレードマークになっています。上下に並ぶ「A」と「容」が特に色褪せている理由が気になりますね。
西裏昼散歩の視点すすめ3 織物産業の痕跡
西裏から少し足を伸ばして、東裏地区を歩く時に欠かせない視点が「織物産業」のまちであるということ。この辺りでは写真のようなノコギリ屋根の建物がたくさん残っています。ノコギリ屋根は、屋根に採光窓が設置されていて、一日中安定した光を作業場に取り入れることができるそうです。岐阜でもノコギリ屋根の工場を見かけることはありますが、富士吉田の工場に比べると規模が大きく、採光窓のギザギザが何連か連なっているタイプしか見たことがなかったので、一見民家のようなノコギリ屋根工場はなんだか新鮮です。
工場では糸や生地の色を確認するために自然光を取り込む必要があり、側面から見るとこのように屋根に採光のため窓が施されています。このまちには、日本一の山、富士山が南側にあるのでそれによる陰りを気にして、なおさら採光には気を使っていたのかもしれませんね。
また、普通の平屋に工場を付け足して鍵型になっている家がちらほら見られるのですが、それは「賃機(ちんばた)」といって、元請けの親機から糸など織物の原料を受け取り、機織りして賃料をもらう小規模の工場だったことがうかがえるそうです。
また、織物はおもに分業制でつくられており、生地を織る機屋さんのほかにも、さまざまな工程を担う工場があります。中でも、珍しいのが水力を使って機械を動かしている撚糸(糸に撚りをかけたり、複数本を撚り合わせたりする工程)の工場。水力を動力にしている工場は富士吉田のなかでもこの1軒しか残っていません。工場の下部に広がる空間を覗くと、滑車がカラカラと回っている様子を確認できました。
西裏昼散歩のおまけ
最後におまけ編として、散歩の休憩にぴったりなおもしろいスポットをご紹介します!そのスポットがあるのは、どこかメルヘンな雰囲気漂う「月江寺駅」のすぐ近く。
「倉沢製餡所」の最中の自販機です。コインロッカーの中に最中が入っていて、硬貨を投入するとロッカーが開き商品を取り出せるスタイル。実はあんこが大好きなわたし。これは試してみないわけにはいきません。
完全無人営業かと思いきや、100円玉がなくて困っていると、中からお店の方が出てきて両替をしてくれました。
お店の方のおすすめで季節・数量限定の「さくら最中」をチョイス。毎年すぐに売り切れてしまう人気商品とのこと。
最中はパリパリの状態を楽しめるよう、食べる直前にあんを詰められるようになっています。富士山マークがローカル感たっぷりでお土産にも喜ばれそうですね。
以上、「たてもの」「フォント」「織物産業の痕跡」とポイントを3つに絞って昼の西裏の楽しみ方をご紹介しました。飲屋街としての印象が強く、正直女性ひとりで歩くのにはちょっと抵抗があるかも…と思っていた西裏のまち。明るい時間に歩いてみたら意外にも発見がたくさんあって、散歩しがいのあるまちだということがわかりました!
ちなみに、まち歩きにはカメラを持っていくのがおすすめ。(スマホでもOK!)カメラがあることで、小さな発見に敏感になることができますよ。
みなさんも、それぞれの視点で西裏のまちの昼の表情を切り取ってみてはいかがでしょうか?
杉田映理子(さかだちブックス)
東京都生まれ。さかだちブックスを運営するデザイン会社「株式会社リトルクリエイティブセンター」で編集を担当。大学時代を長野県松本市で過ごし、卒業後、リトルクリエイティブセンター入社を機に2016年岐阜に移住。紙媒体の編集やライティングのほか、イベントの企画運営やプロジェクトの進行など幅広く携わる。